第四章

『 Reunion 』


１


　テサ：
　君の住所をどうやって探し当てたか。
それは勘のいい君にも恐らく想像がつかないだろう。

　マークなら知ってたはず、と思うかもしれないが、彼に尋ねたとして教えてくれただろうか。
　などという詮索がそもそも詮無いことで、なぜなら彼は君が日本に行った直後、犬のように死んでしまったからだ。
　あいつは女のままで死んだ。
　そのことに対する後悔の欠如を適切に罰するような病によって。
　（あいつと、あいつの死について考えるだけで、僕は唾を吐き、消毒石鹸で手を洗いたくなる）

　僕には君がなぜあんなオカマに慈悲をかけたのかが理解できない。自分の本質が女であることを肯定してしまっているオカマと、どんなポジティブな関係を持ち得たというのだ。

君に「強さ」をみつけた、ということでは、僕にもマークと通じるものがあったのかもしれない。しかし、僕はあくまで君を女として愛したいと考えていた。
　僕は僕なりにそのための、そこに辿り着くための手続きを踏んでいるつもりだった。
　君の助けを借りながら。
　君に僕の弱い部分を罰してもらいながら。

マークと僕の間に特に書き立てるような関係があったとは思わないが、君が僕の前から姿を消したのは、「色恋」で君達が酩酊するところをマサが目撃したのとほぼ同じ時期であり、マークが君に何かを吹き込んだのは想像に難くない。

僕はあの種の病質者の興味を引きやすいたちらしい。
　僕はアーティストとしてだけではなく、人間として開かれていたいので、マークの求める関係に身を委ねてみたが、それが僕の欲するものでないことは直ぐにわかった。しかし、よほど気に入られたのか、あいつは死ぬ直前まで僕のクラスに顔を出していたよ。

　変質者の興味を引きやすいと書いたが、「色恋」であの男と出会ったのは四月の終わり頃であっただろうか。
　考えてみると彼の名前も知らない。
　風貌も無国籍的だし、名前などという固有のものはない、といわれても納得してしまいそうな感じの男なのだ。

　「色恋」に僕がひとりで行くときは、彼もいつも居合わせた。しかし考えてみると、君も知っているシカゴ・トリビューンのビルや、画家のロジャー、サミーといった仲間達と行くときは不思議に顔を出さなかった。
ファンにつきまとわれる、などといった大層な経験はないが、彼は僕のことをよく知っている様子で、ぽつりぽつりと僕の経歴や作品について話した。おしつけがましくないので気を許した、ということもあるかもしれない。口数は少ないが、酒はよく飲んだ（気を許した主な理由は僕と共通するその酒量にあるかもしれない）。

まさか「あの手」の男とは思わないから、「色恋」の帰り、乞われるままに仕事場を見せてやると、彼は作品には目もくれず、「私はあなたの空白を埋めてあげることができる。本当の自分にしてあげられる」と僕を掻き口説き出したのだ。
呆気に取られていると、彼は君が真の自分を見つけるのにも力を貸している、などと根も葉もないことを口走りだす始末だ。
その証拠に、といってくれたのが君の日本の住所で、僕は君の手元に届くことをほとんど疑いながらこの手紙を書いているのだが。

　普段の訥弁からは想像もつかない情熱的な説得にたじたじとなったが、ようやく我に返るとその男の顔にマークの顔が重なり、抑制できないくらいに怒りが僕の体を満たすと、僕は自分でも信じられないほどの荒々しさで彼の襟首を掴み、仕事場から叩き出した。

マークがHIVポジティブだと打ち明けたとき、そうしたように。

僕は、マークのように君の庇護を求めない。僕は男として君を愛したい。君とであれば、うまくやれると信じている。僕が弱さを曝すときは、君の「力」をかしてもらい、立ち直りながら、最後には僕たちは「正常」な関係を結んでいるのだ。僕は男らしい男として。君は女らしい女として。マークの横槍がなければ、僕たちは順調にそこに向かっていたはずだ。

僕は僕から君を連れ去ったマークを憎む。
たとえ、あの自分がオカマであることに何の恥じらいもない変質者が、最も相応しい死に方を迎えていても、僕はあいつを憎みきれない。

そして僕を汚辱の道に誘い込もうとした、あの「色恋」の男にも同様の、恥にまみれた死が訪れることを心から望む。

テサ。
　君の日本での研修ももう終わる頃だろう。
　僕の元に戻ってくれ。そして、またいちからやり直そう。　　


２


東向きの大窓に向かい、差し込む陽を浴びながら私は立っていた。
そこから差し込む早朝の陽によって、レイと共に起こされることを好んだロフトの大窓。

レイがこの陽を浴びて目を覚ますことは二度とない。

　レイが制作には最良と信じたこの朝陽の中に林立する描きかけのイーゼルの合間で、フィラーとボイドが激しく、長い性交を続けている。

　その様子を、これはストレッチしてイーゼルに架けたのではなく、壁に張っただけの大きなキャンバスに、十フィートほど離れたところからじっと画面を見つめる瞑想のような一瞬の静止があった後、駆け寄るようにして、大きな筆で、大きな身振りの踊るような仕草で描きなぐるマークがいる。絵は、周りにある、完成されることはないものの精緻に描きこまれつつあったレイの作品と較べると、その粗野さと奔放さが際立つ。
　抑圧と解放。

　 私は、朝陽を浴びて鈍く光る、この黒く、大きな体に、力が漲るのを感じる。
　さて、本当の自分になったところで、家へ帰ろう。
　これは彼女の真の姿でもあるのだから、母はきっと喜んでくれるだろう。

　アント・サキも喜んでくれるだろうか。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完了）