古賀啓三＿定有堂ジャーナル

　Google Glasses やiWatch　といった身に着けることのできるモバイル端末を総称して “Wearable” と呼ぶらしいが、これにまだ訳語がないとしたら「可装着端末」なんてどうだろう、などと考えているうちに、「装着」という言葉には「装う」という意味が含まれているのだろうか、とふと思う。学生時代、関西人の先輩がいて、僕がややめかした服装をする度に「お～、やつしとるの～」と茶化され、これが「身を窶す」の「窶しとるの～」であることにやや間をおいて気付いたことを思い出したが、「装身具」という際の「装」には明らかに「窶す」が含まれている。しかし「シートベルトを装着願います」という案内には「ブラックタイ・オンリー」のような「シートベルト」に対する「正・盛装性」の含意は皆無であると決め付けても安全であろう。じゃなぜわざわざ「装」などという字を使うのか。あれ、「シートベルトを装着願います」とは言わんか、「着用」か、と思いググったら「Wearable = 着用端末」という記載があった。いいじゃん、これ。字や言葉はシンプル且つ明瞭に使いましょう。以上

　僕はからだに何か着けるのが嫌いで寝る際は全裸で寝る。
　そんなこと知りたくもね～よ、といった類の情報、最近フェイスブックなんかに多いが、を英語ではTMIと呼ぶ（Too Much Informationの略）。
　腕時計もしないし、装身具もつけない（全ての可装着ツールはやがて装身性を帯びてくる、という意味に於いて「装着」の「装」が正当化されるのか）。
　そもそも「道具」を身体に括りつけようという発想がギャグとしか思えない。
　「装着できると便利」とする基準は何か？（「鉛筆削り」や「炊飯器」は？）
　納得できるとすれば、宇宙空間、深海、戦闘といった「身ひとつが頼りの命懸け状況に於いて必要なもの」、か。（生命維持装置、深度計、武器。武器は「装着」ではなく「携帯」か。じゃ爪先からナイフが飛び出す靴）

　「人のからだに装着する道具は一体に装着する人物の尊厳を損なうばかりではなく、コミカルに貶める。」
　これは最近書いたショートストーリーの一節。
　そしてこう続く。
　「顔に嵌める眼鏡、頭に被せる帽子、足をその形状の筒で覆う靴下、胴体に結わえ付けて物を運ぶバックパックなど全てそれらを纏う者の軽薄さを強調する道具だと思っている。」

　止めとけばいいのに、さらに「コンドームにもまぁそういう傾向は在るのだが、これはどちらかというとその滑稽さより生理的な不快さが嫌悪の主因」。

　大江健三郎は作品の中で知能障害のある長男について極めて赤裸々に記述してきたが、小説の登場人物がからだに何かを結わえ付けている、という状況で一番印象深いのは、大江の「新しい人よ眼ざめよ」に於ける、台風のために中止にした家族による伊豆の山荘旅行へ、ひとり行くと言って聞かぬ養護学校の高校二年生である長男イーヨーのいでたちである。『すでに大人のものである背丈と嵩の上体にリュックをかつぎ、右肩から脇へ大きい古人形を縛りつけている。』『イーヨーが胴に縛りつけている人形は一メートルほどもある大きなもので、大量の黒髪にこびるような眼つきと受けくちの、「チヨチャン」だった。四、五年も前から物置きに放置されていたはずの、汚れて傷ついている古人形を、イーヨーは胴にしっかりとゆわえつけて、切羽つまった戦に出る家族持ちの武者が、子供を脇にかかえたとでもいう格好である。』
　滑稽だがグロテスクなイメージリィである。グロテスクなユーモアは大江のトレードマークかもしれないが、その抑制の欠如、ここに極まれり、といった感さえある。
　知能障害のある、もう子供とはいえない長男の胴に大きい日本人形を縛り付けさせる必然性は何か。
　この家族が迎えている緊張状況下、知能障害のある息子がいかにも取りそうな行為として、その対象である大きな日本人形の愚弄性と共に、作者は「身体装着の愚弄性」を熟知しており、その緊張状況を脱臼させる、もしくは多層化する（誰も行かぬならひとりで行く、という単調性に綾をつける）ために使用しているのだろう。
　効果的ではあるが明るさはない。