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| この二月も一期一会の出合いが多かった。それが誰だったかはもう覚えていないが、お茶をしながらふと距離感が近づいた瞬間に発した問いだった。「百尺竿頭に一歩を進む」という一語が気になるけど、この先どうします？
と試みに尋ねたのだった。きちんと言ったわけでもなかったので、解答は聞きそびれてしまった。 |
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| 探求のはじまりはこの「先端に漂う」ような風景だ。ときに店頭と竿頭が混濁するのもおかしい。先日も県中部から時折お見えになる、国語教師のＯさんに、平台のちくま現代文アンソロジー・シリーズに『科学評論選』が加わってるよ、と教わった。たしかにまとまった科学文集で刺激的だ。「ＡＩ」への理解が欠かせない時代が到来している。その中で「意識の不思議」に興味を持った。出典元の『脳の意識 機械の意識』中公新書もいきおいで読破した。これはさいわい店頭にあった。 |
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| 「日々、私たちは総天然色の視覚世界を体験するが…。色はあくまで脳が創りだしたにすぎず、外界の実体は電磁波の飛び交う味気ない世界だ」という一文にびっくりした。竿頭を一歩踏み出せば「電界と磁界の波及する状態」だったのだろうか。 |
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| この竿頭と店頭はもちろんすべてではないが少し同期するようにも感じる。竿頭つながりでいえば、店内のあちこちに落とし穴のように点在するのが次の四作品だ。今日も県外から来たという女性のお客さんに「どうして同じ本が数か所にあるの？
」と問われた。「不思議だけど、いいですね」という感想だったので、とくに説明はしなかった。充分お互いの意は尽くせてると感じたからだ。テッド・チャン『あなたの人生の物語』、ケン・リュウ『もののあわれ』『紙の動物園』（ハヤカワ文庫）、そして『マルチバース宇宙入門』（野村泰記・星海社新書）が、四、五か所に並べられている。ケン・リュウには「電脳化する人類」「人間が電脳空間にアップロードする」というモチーフがある。テッド・チャンの作品は非人類的言語者との遭遇もあり斬新だ。人類が考え得るオルタナティブの限りではあるが…。 |
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| 見ているものと見えているものが同じではないという「かたち」に世界への入口の扉を感じる。簡単にいうとそれだけのことに興味があるということだが、「ここにこうしてある」一事が、いつも不思議だからだ。例えばケン・リュウの最新刊『生まれ変わり』（ハヤカワ・ポケミス）にも、「記憶を取り戻すために、あなたは一組の神経連絡を再活性化しなければならず、その過程で神経連絡を変化されてしまう」と異星人が人間に指摘する。つまり「記憶」はすべてエラーなのだ。だからアイデンティティなんてなんの必要もないでしょうと、これはじつは洗脳への論理なのだ。 |
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| 百尺竿頭で人に出会ったとき、ふとこんな話をしてみたくなる。いつか誰かが答えてくれるかもしれないからだ。「こころ明らむ」だけなのだけど…。 |
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| この月多く出合いを重ねたのだが、大阪から見えたばかりのＫさんとは大事な交わりを得た。雑談の折に知ったのだがＫさんは井筒俊彦全集を所蔵していることを大切にしている人だった。いろいろ教わるうちに、二十年ぶりに『意識と本質』を読了できた。手元に残しておいてよかった。意識は言葉でかたち作られている。本質は言葉で定義されたもの。だから存在そのものに触れることができない。「本質」は虚構である。この了解から井筒俊彦は「本質」を階梯的に考究していくようだ。本質が定義であるならば、何度も定義し直さなければならない。「定義」の中に「世界」が存在しない、ということだろうか。「世界」がここに存在しないというのはマルチバースの考え方に似ている。泡のような境界面が、数えきれないほど同時に存在する。「世界」はいずれの泡の内部にも存在しない。外部を包むどこかにあるものだ。 |
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| 「本質」とマルチバースを重ねあわせて考えるのも変だが、『意識と本質』のテーマを「本質の彼方へ」とくくってしまっては理解が浅いだろうか。本質をこう定義している。「『本質』とは存在の限定付け、すなわち存在の部分は、断片的。あるいは局所的限定を意味する」と。 |
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| 意識は言語に限定される。人の言語の特徴は「線状」で因果関係を生成する。テッド・チャンの宇宙人の言語はそうではない。一挙に示される図像的なものだった。 |
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| 途上だが、探求のかたちは、このような道筋にぼんやり浮かんでいる。 |
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| 2019.02.24 |
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| （参考） |
| ちくま現代文アンソロジー『科学評論選』 筑摩書房 |
| 渡辺正峰 『脳の意識 機械の意識』 中公新書 |
| ケン・リュウ 『生まれ変わり』 ハヤカワ・ポケミス |
| 井筒俊彦 『意識と本質』 岩波文庫 |
| 野村泰記 『マルチバース宇宙入門』 星海社新書 |
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