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| 以前、店頭でお客さんに教わった言葉に、「コナトゥス」という概念があった。大事だよということだったが、よく理解できなくて他の何人かのお客さんにも尋ねてみた。結論はいまだ出ないが、そのうちなんとなく店内空間がそんな観念性に染まりだしてきた。 |
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| そのようにして本屋に観念性の移り変わりが訪れる。きっかけはふとした会話から始まる。そんな偶有性があった方が本屋は楽しい。 |
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| 「なぜかわからないがこうしてしまう」、そのことをわたしはオブセッション（執着）と言い習わしてきた。わたしの解釈では、コナトゥスとはこの執着なのだと思う。欲望と言い換えることもできる。 |
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| こんな本屋の観念性を反映するために、試しに二つの本を入り口として用意することとなった。（『持たない幸福論』と『目的なき人生を生きる』） |
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| 観念を日常性として生きよう、というのが久しく定有堂のテーマなのだが、常設の一冊に伊藤洋志『ナリワイをつくる』ちくま文庫がある。日常に観念を導入すると生き方はオルタナティブなものとなる。「ナリワイ」とは自分の生活の延長で無理をしないでできる小さな商売、とここでは定義される。しかし「ナリワイ」という言葉の先には観念を突き詰めた生き方がある。簡単・シンプルなものほどじつは観念性と深くかかわる。夏のはじめに帰省し、立ち寄ってくれた、歌人のＹさんと、「ナリワイ」が気になるという雑談をしていたら、この伊藤洋志と共著している「phaファ」さんも面白い人だよ、と教えてくれた。『フルサトをつくる』という本だった。この共著者（pha）は見落としていた。『持たない幸福論』幻冬舎文庫が面白かった。「京大卒の元ニートが提唱」と説明文にあった。京大にはかつて「吉田寮」というアナーキーな寄宿寮があり、そこでの共同生活を、卒業してもつづけたい、というのが突き詰めた主張（コナトゥス）だ。そういえば、『京大吉田寮』（草思社）という写真集も店頭のロングセラーだ。 |
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| この本と楕円の二つの中心のように、もう一冊、山内志朗『目的なき人生を生きる』（角川新書）を、大量にあちこちに並べている。このタイトルに惹かれこの著者の本は数多く読んだが、とても理解が及ばない。くり返し読むうちに、言いたいことはこの新書に尽くされているのではないかと思うようになった。「形相性の中に目的はない」、「目的が後から生まれる」、「最初に存在していたものが最後に現れる」。これはコナトゥスのことを言っているのだと気がついた。「欲望は原初形態において対象を持たない」というのが大きな結論だ。この欲望はコナトゥスの別名である。これは大きな発想の転換だ。 |
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| 「このもの性」というのもつかみどころのない言葉だが、コナトゥスに執着し現動させようという意志かと思える。持たない幸福というのは、「中心を持たない存在」として生きることだ。中心を持たないために、「秩序」にからめとられないために、シンプルで簡単な生き方を選択する。 |
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| 「このもの性」と「コナトゥス」、わたしにはうまく説明できない言葉だが、この周辺をめぐって本屋の中を整えてみたい。ここ数日何人かの人に「本屋の中がすっきりしたね」と声をかけられる。物理的には何も変えていない。変わったのは観念性だけかも知れない。砂の動き、氷の割れる音、波の音、ざわめき、そんなつかの間の出来事、それも「このもの性」だと説明される。 |
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| 所在なく本屋にふらりと踏み入る。とくに目的もなく棚から棚へと歩く。ふと我に返る瞬間が訪れる。一つの言葉との出会いもそんな出来事だ。我に返るとは正気づくということだが、その対象が「われ」というのが面白い。「このもの性」、「コナトゥス」がそこにあると言ってもいい。Phaさんは、「知識は人を自由にする」。本というのは「じぶんがぼんやりと気づきかけていることをはっきりと言葉にして教えてくれる」という。 |
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| わかりにくい本屋話になったが、生きる力は「秩序」の中ではなく「逸脱」の中でこそ発揮されるという結論だ。そして本は人を「偶有性」（個体性）の肯定へ誘うものだと考える。そこに「小さな一冊の衝撃」がある。 |
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| 2022.08.10 |
| （参考） |
| 伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』ちくま文庫2017 |
| ワクサカソウヘイ『ふざける力』コア新書 コアマガジン 2015 |
| 伊藤洋志+Ｐｈａ『フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方』ちくま文庫2018 |
| ｐｈａ『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 幻冬舎文庫 2017 |
| 平林克己他『京大吉田寮』草思社2019 |
| 山内志朗『目的なき人生を生きる』角川新書 2018 |
| 芳川泰久 堀千晶『ドゥルーズ キーワード８９ 増補新版』せりか書房 2015 |
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