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■ 今月読んだ本
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| 第２４４回 宇沢弘文（1928－2014）の社会思想―『社会的共通資本』から学ぶ（１） |
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2024年１１月２４日（日）午後（２時から３時３０分まで）、鳥取県立図書館大研修室において、「宇沢弘文（1928－2014）の社会思想―『社会的共通資本』から学ぶ」と題する講演を行った。本稿は、配布資料（パワーポイント投影用）をもとに再現した講演録である。
配布資料については、鳥取県立図書館ホームページの蔵書検索画面で私の名前を入力すると、紙ベースの資料に辿り着く。講演開催の経緯などについては『音信不通』第101号（2024年１１月）・第102号（2025年１月）を参照していただきたい。なお、宇沢弘文の生涯と思想の詳細については、拙著『宇沢弘文「社会を治す」－社会的共通資本の再解釈』（小取舎、2024年）を参照されたい。 |
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本日はご多用の中、お越しいただき誠にありがとうございます。「宇沢弘文を鳥取で読む会」代表の内田克彦さん、素敵なポスターを作成していただいた村瀬謙介さん（小取舎）、鳥取県立図書館の皆さんのご尽力で講演会が開催される運びとなりました。関係の方々に感謝申し上げます。
まずは私の驚きをお伝えします。宇沢の提唱した「社会的共通資本」概念は複雑な要素が絡まり合っており、なかなか理解が難しいこと。宇沢は米子出身であるにもかかわらず、100キロ離れたここ鳥取で宇沢の生涯と思想についてお話しすること。それらを勘案すれば、今日お集まりになるのは私の友人・知人プラスアルファの２０数人だと予想していました。ところが、その３倍のご参加があり、大研修室もほぼ埋まっています。「なぜ、こんなに多くの方が！？」と驚きを隠せません。
レジメにもありますように、私が８０分ほどお話しした後で、１０分間の休憩をはさんで質疑応答の時間を２５分取ります。閉会時刻の１５時３０分は守りたいと思います。
本日、皆さんにお話ししたい内容は、次の３つにまとめることができます。
第１に、宇沢の「発言・行動する人生」から「社会的共通資本」理論が生み出されたこと。
第２に、「社会的共通資本」を「入会地・コモンズの拡張」と読み替えるとイメージしやすいこと。
第３に、「社会的共通資本」の深化・発展は「持続可能な社会」構築（ＳＤＧｓ）の根幹に関わること。
これら３点をお示しするために、「１％と９９％」、「社会的共通資本」、「ＳＤＧｓ」の三題噺を進めていきましょう。
本論に入る前に、格差社会とＳＤＧｓに関して基本を押さえておきます。
図版が小さくて見づらいのですが、『２１世紀の資本』でよく知られているフランスの経済学者（経済史家）トマ・ピケティらが運営する世界不平等研究所の最新統計（2022年）では、上位１％の超富裕層が世界資産の３８％を、下位５０％が２％を占めています。少し話を先取りすると、富裕層はその経済力によって快適な環境（社会的共通資本）を求めることが可能ですが、貧困層は劣悪な環境から逃れることはできません。
ある世論調査によれば、日本人の９割以上はＳＤＧｓについてある程度は知っているそうですから、詳しく説明するのは「釈迦に説法」かもしれません。
職業柄、高校生や大学生と接する機会が多くあります。ここでは、彼／彼女らと話をしていて「あれっ」と感じたことを紹介します。
高校生に対して「ＳＤＧｓって何だと思いますか」と尋ねると、半数以上は「自然保護でしょ」と答えます。
本当にそうでしょうか。2015年９月、国連総会において満場一致で採択された「持続可能な開発目標（ＳＤＧｓ）が１７のゴール・目標を定めているのはよく知られています。でも、いわゆる「（狭義の）自然環境の保護」は目標１３「気候変動に具体的な対策を」、目標１４「陸の豊かさも守ろう」、目標１６「陸の豊かさも守ろう」の３つしかありません。残りの１４の目標は、貧困、飢餓、健康福祉、教育、ジェンダー、水とトイレ、クリーン・エネルギー、働き甲斐と経済成長、技術革新、人・国の不平等、まちづくり、製造／使用責任、平和と公正、パートナーシップに関する項目です。ＳＤＧｓが人間の生活環境を守る不断の実践目標であることがわかります。
あるとき、大学生が率直な感想を述べてくれました。目標６「安全な水とトイレを世界中に」がわざわざ目標に掲げられているのはなぜなのか、と。
なるほど、現代日本に住む限りはきれいな水も快適なトイレも当たり前のようにあります。最近の小中学校では、個室トイレ（洋式）で水を流さずに出て行ってしまう児童生徒がいると聞いたことがあります。単に水を流すのを忘れた、というのではなく、自宅のトイレが自動で水が流れるから、だそうです。自動流水だけでなく、公共トイレでも温水洗浄便座（ウォシュレット）が普及してきました。
そのような生活に慣れてしまうと、目標６の意義に思い至らないのは仕方ないかもしれません。しかし、世界に目を向けてみると、水とトイレの問題は切実です。世界に約200の国があります。水道の蛇口をひねって出て来る水を飲むことができる国は１０くらいしかありません。トイレを利用できない人々は、世界人口８０億人のうち４億人超だと言われています。
ＳＤＧｓの基本理念は、「未来世代を含めて誰一人取り残さずに、『つづく』社会を構築すること」です。現在・未来世代のすべての人々が適正な社会的共通資本を利用する生活が可能になること。なによりも「生活の質」、「生活における選択肢の幅」を確保することが、ＳＤＧｓ推進の根底にあります。
前置きが長くなりました。ここからが本論です。下記の５つのパートに分けて、宇沢弘文の社会思想を語っていきます。
１ はじめに―宇沢思想へのアプローチ法
２ 宇沢が辿った道－発言・行動する人生
３ 「入会地・コモンズ」の拡張としての「社会的共通資本」
４ 宇沢思想なくして「持続可能な社会」は実現しない―何を学ぶのか
５ おわりに―初めて宇沢思想を学ぶ人のために |
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１ はじめに―宇沢思想へのアプローチ法
没後１０年が経ちますが、宇沢に関する一般向けの本は３冊しかありません。真っ先に読むべきなのは、宇沢と親しかった元日本経済新聞社記者の佐々木実による優れた評伝『資本主義と闘った男－宇沢弘文と経済学の世界』（講談社、2019年）です。著者は大学で経済学を専攻しており、宇沢経済学の影響関係がよくわかる労作です。なお、タイトルの「資本主義と闘った」はミスリードで、「新自由主義と闘った」が正しいと思います。宇沢は資本主義を否定していません。
600頁以上もある本書は敬遠されがちです。同じ著者による『宇沢弘文－新たなる資本主義の道を求めて』（講談社現代新書、2022年）は『資本主義と闘った男』を５分の１に圧縮したダイジェスト版であり、気軽に読むことができます。
３冊目は、岩波書店元編集長（後に社長）の大塚信一による『宇沢弘文のメッセージ』（集英社新書、2015年）で、宇沢の諸著作を担当した際の回想録です。
宇沢弘文論は１冊のみです。宇沢が亡くなった翌年に刊行された『現代思想 三月臨時増刊号（第４３巻第４号）総特集 宇沢弘文－人間のための経済』（青土社、2015年）は、半ば研究論文、半ば回想録です。宇沢思想に真正面から切り込んでいるか、と問われると、そうでもないのでは、と言わざるを得ません。
私は経済学に関しては門外漢です。宇沢の著作を思想として読んできました。彼は社会思想家であると考えています。この点で、佐々木の労作や『現代思想』のアプローチに少し違和感を抱きます。
後ほど詳しく説明する社会共通資本の理論は、従来の経済学の「外部」を対象にします。ですから、経済学者たちは容易にアプローチできません。論文を量産できないのです。これは学者にとっては致命的です。キャリア・アップができなくなるからです。また、経済学以外の分野の専門家たちにとっては、社会的共通資本の通奏低音には経済思想の歴史があるため、軽々に論じられないことになります。したがって、社会的共通資本論が敬遠されることになります。
このように、宇沢思想のわかりづらさは、宇沢を論じた本が少ないこと、宇沢思想を論じるのが容易ではないこと、この2点に起因すると考えています。
では、拙著は宇沢思想にどのようにアプローチしたのでしょうか。
図をご覧ください。上向法、下向法とは、マルクスが『経済学批判序説』（1859年）で提唱した経済学の方法論です。マルクスは「第一の道」を下向法、「第二の道」を上向法として、こんなことを言っています。引用します。「第一の道では、完全な表象が発散されて抽象的な規定となり、第二の道では、抽象的な諸規定が思考の道をへて具体的なものの再生産にみちびかれる。」（岩波文庫、1956年、313頁）『資本論』は抽象的な「商品」から上向する道を辿ります。 |
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私は上向法・下向法の概念を自分勝手に改釈（誤読）して、「生活世界（フッサール、橋田邦彦、廣松渉、メルロ＝ポンティ、木村敏）⇔公共性・倫理（アーレント、ハバーマス、丸山眞男、今村仁司、レヴィナス、セン）⇔社会的共通資本（宇沢弘文）」の図式を論じています。つい勇み足で、上向法・下向法が浄土論の往相・還相（げんそう）と似ていると思ったりもしています。仏教関係者のお叱りを受けることは間違いありません。
どんどん時間が立っています。この調子では、８０分では終わりそうもありません。少し急ぎましょう。
「１ はじめに」の最後に、なぜ、拙著『宇沢弘文－「社会を治す」』を書いたのか、についてお話しします。
ＳＤＧｓの採択（2015年）から７年経った2022年、ＳＤＧｓが社会の常識となっていく中、その理論的支柱となり得る宇沢思想の「再解釈」が必要ではないか、と思い立ちました。
私は2010年頃までには、「生活世界⇔公共性⇔倫理」の図式に気づいていました。2011年の東日本大震災以降、公共性・倫理を具現化するための「何か」を探し続けます。１０年以上を費やして、2023年にようやく「最後のピース」を「発見」します。社会的共通資本、宇沢の社会思想です。宇沢の著作を３０年近く読み続けていたとはいえ、その価値に気づかなかったのは甚だお恥ずかしい限りです。
没後１０年に間に合わせるために、急いで書いたのが拙著です。世界秩序が崩壊しつつある中、宇沢弘文の生涯と思想・行動はますます多くの人々の心と共鳴し、私たちを鼓舞し続けています。
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２ 宇沢が辿った道－発言・行動する人生
宇沢の生涯を知るには佐々木実の本が詳しいのですが、宇沢本人による回顧録もあります。多くの著名人が執筆する日本経済新聞「私の履歴書」の連載稿（2002年３月）などを収録した『経済と人間の旅』（原著2014年、日経ビジネス人文庫2017年）は、エピソード満載でとても楽しく読むことができます。
宇沢は「ノーベル賞に最も近かった日本人研究者」と言われることがあります。
ノーベル財団が強調するように、いわゆる「ノーベル経済学賞」はノーベルの遺言にある賞、すなわちノーベル賞ではありません。スウェーデン国立銀行が創立300年を記念してノーベル財団に働きかけて1968年に制定した賞で、正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」。言ってみれば、実際はこんな賞はないでしょうが日本銀行賞とか連邦準備制度理事会（ＦＲＢ）賞のようなものです。今までの受賞者のうち、非欧米出身者はインド出身のアマルティア・センただ一人です。彼は英米で研究生活を送っています。宇沢がアメリカで研究生活を続けていれば、ひょっとして、とも考えられます。ジョーン・ロビンソンやガルブレイスといった超大物も受賞していません。反主流派は受賞対象にならないのかもしれません。
宇沢は、1928（昭和３）年７月２１日に米子に生まれ、2014（平成２６）年９月１８日に東京で亡くなります。享年８６。
「宇沢がアメリカで研究生活を続けていれば」と言いましたが、宇沢の研究者としての生涯は大きく２つの時期に分かれます。
研究者としての前期は1948年（２０歳）から1967年（３９歳）までです。数学専攻から経済学専攻へ転じ、アメリカで世界的な理論経済学者としての名声を確立する時期です。後期は1968年（４０歳）から生涯を閉じる2014年（８６歳）までです。帰国して社会的共通資本理論を模索し、理論経済学者から発言・行動する社会思想家へと脱皮し、さまざまな社会課題に取り組んだ時期です。 |
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| 宇沢弘文（1928－2014）の社会思想―『社会的共通資本』から学ぶ（２）へ進む |
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